実録・月250時間残業するとどうなる

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何番煎じなのかよくわからないですけど、とりあえず乗っかっておきますか。
とりあえずは冒頭の流れは全体に則った流れにしときますけど、後半のほうで心情吐露ですかね。
あと、250hが数ヶ月続いた。と言う訳じゃなくてせいぜい2ヶ月。で、その前後は100h超えが1年ぐらい。現在は70hぐらいで毎月推移と言う感じですかね。
奴隷の鎖自慢だと言うことも加味しつつ、さて、どうするかね。自分の人生。と言う事を考えなければならないね。と言うことです。

何にも買わなくなる

ひゃっほ~!残業代たっぷりだぜっ!って言える間は大丈夫。
だんだん、時間がなくなると買えない状態が始まる。でもそれもまだ大丈夫。ほしいけど、買う時間がない。って言う間はまだ買いたい欲求があるぶんだけマシ。
自分がほしいものについて調べる余裕もないので、物欲自体が消滅する。社畜化待ったなしだねっ!何のために生きているのか、もう一度考えたほうが良いレベル。
そして、その頃には会社的・法的な残業時間を超えているので、当初もらえていた残業代がもらえないサビ残状態となります。
となると、税金と支払給与の問題から手取りが偉いことになっています。
しかし、使う時間も使いみちもないので、生きていけます。

見た目が残念になってくる

ま、見た目は残念です。無精髭、ボサボサの頭はデフォ。後、ストレスから過食が進み、ただでさえ太いのに、更に太く成ります。

時間あたりの生産性について考えたら負け

時間あたりの生産性なんて考えている余裕が無いレベルで作業が降ってきます。湧いてきます?
生産性なんてこと考えてる暇があるなら、他の作業やってます。
但し、後から考えてみれば普通に生産性は低かったと思いますね。
とはいえ、生産性が低くても納期は待ってくれないし、人は追加してくれないしって、他人に責任を求めるよりも自分がやったほうが早い状態となるので、残業が増えます。
自分がやったほうが早い病も残業から抜け出せないこととなる原因の一つです。
他人に対して仕事を任せられるだけの度量も、指導力も、計画性もないのが致命的です。

トイレの個室にこもる時間は普通に多い

タバコを吸わない人にとってトイレだけが唯一の救いになってきます。休憩場所がオフィシャルにある。
そして、煙草には覚醒効果もあると言うから、それだけでタバコを吸おうかな?と思った時期もありました。

破壊衝動は普通に生まれる

手戻りとか発生する状況になると、イライラマックスになります。
なんで、言動が厳しく成り嫌味も連発し始めます。人間関係がうまくいくはずもなく、無意識に自分のストレスを周りに散らす最悪の災厄となります。
いや、いくらなんでも自分自身が机や椅子を蹴ったりはしないのですが、そういう人が会社内に発生し、そういう人をスルーできなくなって喧嘩腰でアホか!とか言いに行ったりします。
あと、大勢の会議の中で事業部長に向かってお前は仕事してねぇ!お前の仕事は何だっ!とか、言い始めたりします。
そして、いらん波風が立って、環境は悪くなっていきます。

まとめ

なんていうのかな、厭世観っていうかそういうのに自分が満たされている自覚はあるので、悪い状況に居ることは確実ですね。
数年前に転職を真面目に考えた時期があって、その時が最後のチャンスだったようにも思います。
その時はいろいろと実家のこととか考えて転職自体をやめたのですが、それも(自分自身ではないと言う意味で)他人を判断の拠り所にしてしまっているのが、ダメなんだと思いました。
そしていま、諦めに近いものを毎日感じて生きているって言うのは、なんだかちょっとどうかな?と思いますね。
こうやって文章を真面目に書くのも数年ぶりのBLOG更新だったりするわけで・・・。なんというか、いろいろとダメだなぁ、と思います。
そして、こうやって自分を駄目だ駄目だと言って、かわいそがって欲しがっているのがにじみ出る自分が嫌で仕方ないですね。
私の想像する3X歳はもっとずっと大人のはずだったのになぁ・・・。

もろもろ

自分自身から望むわけではない長時間労働はクソです

世の中には目標を持って、事業を立ち上げて・・・と言うような自発的な労働をする人たちがいて、そういう人に言わせれば、上述のような労働時間っていうのは鼻で笑われるレベルだと思います。
でも、世の中の多くの人たちはそうではなく、自分自身で望んでいるわけでもない残業をやってたりします。そういう人たちにとっては、長時間労働はクソだと思います。
何をもって長時間とするか?と言うことですけど、それは全体量を見て人生楽しくないな。と思い、その原因が長時間労働にあると判断したら、そうだと思います。
私の場合は長時間労働が根本原因ではなく、自分自身の自堕落さと弱さと・・・とか、そういう面を直さないと何ともならない気がします。

世の中は広いんだってことを知るべき

いま、自分のいる立ち位置から半歩でも一歩でも踏み出す勇気が必要だと思います。
自分がいましがみついている場所から外れた時の姿を想像できないから、それをドロップアウトだと思ってしまうから、離れられない。
隕石降ってこねぇかな・・・は言い過ぎにしても、車突っ込んできて跳ねられないかな?そして、強制的にドロップアウトさせてくれねぇかな?ぐらいには毎日思ってます。

なんで?

世界が狭いんですよ。自分の知ってる世界が狭い。極端に狭い。
小学校時代の友人とは、中学時代の転校を期にだれとも連絡が取れなくなってしまった。風のうわさでは小学生時代の友人がバイク事故で亡くなったと言う話を聞いたけど、その時に葬式にも行けず、結局、小学生時代の友人とは誰一人連絡ができていません。
中学で転校した後、いじめられてたと言う自意識があるので、中学・高校の友達と呼べる人は今現在で誰もいません。連絡先を知っている人もいないです。まぁ、いじめていたか?と聞かれればいじめていた側はそうではない、と答えるレベルなんだと思いますがね。泣きながら学校行きたくないって言った日は何日あったことか・・・。まぁ、いいか。
大学時代の友人たちは悪い人たちではなかったが、自分が社会人になった後、彼らはみんな大学院に行っており、スレ違いじゃないですけど連絡が徐々に途絶えて、いまは誰も連絡先を知らないです。
では、いま流行りのSNSとかで広がればいいじゃないか?と言われても、結局上記のような負い目やあまり振り返りたくない過去をみるのが嫌で、過去の友人とはつながっていません。
そうなると、社会人になってから知り合った人たちと・・・と言う話になるんですが、若い頃はまだ周りも若かったので、なんとでも成りましたが、この歳になってくると皆それぞれに家族があり、なかなかです。
まだ、高松にいた5年前ぐらいまでなら、外と積極的なつながりを持とうと頑張っていたので、仕事が忙しくても、なんとかなっていましたが、いまは新しいつながりを作る程の元気と時間がありません。(ここにも長時間労働がクソだって言う根拠がありますね)
一方で、こうやって他につながりがないっていうことが、休日に家に一人で誰とも会話せずに一日終わる。みたいなことを生んで、そんな休日よりは会社に出てほかの人と話してた方がなんぼかはまし。と思うので残業している。っていう面もあるかもしれません。負のスパイラルですね。
とは言え、会社でのお付き合いは結局会社のお付き合いですので、何かの渇きを満たしてくれるわけではないですね。そこに答えを求めてはいけません。

やっぱり、世界を広げるべき。

なんでもいいので夢中になれる趣味があるといいなぁと思います。
会社←→家の往復しかしない。そんな生活に潤いなんざ生まれるはずがないんですよ。
何かを変えるための一歩を踏み出す必要があると思いますよ。

と、ここまで書いて、自分でプリントアウト案件だろうなぁ・・・と思いました。まぁ、いいか。はい。

オチ

で、こんな自覚症状のやつが、後輩にむかっては「仕事のために人生があるんじゃない、人生のために仕事を使うんだ」的なことを言うので、説得力皆無です。
仕事をするのが手段から目的に変わっちゃうと、死ぬよ。